colette

about colette

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    ソーホーで生まれ、ソーホーでブランドを起こし、ソーホーで作品を創り続けるデザイナー、コレット・マルーフが立ち上げたヘアアクセサリーブランド。創業の1987年以来、アーティスティックなヘアアクセサリーで、世界中を魅了しています。
    髪をまとめるという単なる実用だけではなく、女性の“命”ともいえる髪を、より美しく生き生きと演出する。コレットマルーフの一つ一つのアイテムは、センスとモード感に溢れ、“作品”と呼びたくなるクリエイティヴィティとクォリティの高さを誇ります。“たった一つ身に着けることで、多彩にスタイリングし、美しく変身できる。それは魔法の小道具”。 その「美への可能性」は、コレクション毎にドラマティックに展開され、世界中のセレブやファッショニスタに愛され続けています。

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    A CHILD
    OF FASHION

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    美とアートの申し子

    歴史が19世紀から20世紀に変わる頃、コレットの祖先はレバノンからニューヨークに移住して来ました。祖父は絹織物製品を扱う高名な一族の出で、カフタンと呼ばれる中東の民族衣装をアメリカに持ち込んだ人物。1920年代には、中東のエキゾチックな風合を都会の洗練されたイブニングウェアのデザインに取り込んだラグジュアリーなラインPerfect Negligeeを立ち上げ、成功に導いています。

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    A CHILD
    OF FASHION

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    必然的に幼少期のコレットは、家業の作業場に充満する中東の伝統美や職人技術と、居住区であるソーホーの街から涌き上がる最先端のポップ・アートを、小さな胸いっぱいに吸い込んで成長しました。ある意味で恵まれたそのユニークなカルチャー環境が、少女コレットの好奇心を育みセンスを研いたのです。

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    TREASURES
    FOUND

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    屋根裏の宝物

    少女時代のコレットは、ほとんどの週末を祖父母の屋敷で過ごしました。日曜日ごとに催される昼食会は“儀式”と呼びたくなるような重苦しさで、レース襟付きのベルベット・ドレスやホワイトコットンの手袋など、年頃の少女にとっては罰のような正装を強要されました。ある日の昼食会、例のごとく生真面目な会食メニューの味気なさに退屈したコレットは、使用人達が行き来する狭い廊下へと逃げ出しました。廊下は普段は足を踏み入れない屋敷の奥まで続き、行き着いた先には階段がありました。そして、その階段は少女を秘密めいた屋根裏部屋へと導いたのです。押し黙った黴臭い空気と、天窓からの心細い日差しが冒険ムードを煽る中、コレットの好奇心はとうとう、宝のありかに辿り着いたのです。巨大な洋服ダンスいっぱいに詰まった、魅惑的なクチュール・ドレスやヴィンテージ・アクセサリーの数々。どれもが、豪華絢爛な時代を彷彿させる輝きを放っていました。

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    TREASURES
    FOUND

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    コレットの週末は一変しました。尽きることのない不思議の世界があの屋根裏部屋で待っているのです。この頃の体験と発見が、後のコレットの生涯の仕事へとつながるインスピレーションとなりました。それから数年後・・・。コレットは、熟考した末に選んだ“お宝”の数々を屋根裏から持ち出し、グリニッジ・ヴィレッジにあるわが家の骨董品コレクションに加えるようになりました。そんな出来事を境に、しっかりとしたビジョンを持った一人の若い女性が、人生に新たな一歩を踏み出したのです。ペルシャのラムコートにがっちりしたブーツとデニムを身にまとい、パティ・スミスのパンクと奇抜なサブカルチャーに溢れるストリートを、夢見る少女から夢を実現する女性に脱皮するために。コレット・マルーフの闊歩が、始まったのです。

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    BUSINESS WOMAN
    FROM THE START

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    女性起業家

    コレットの才覚、ユニークな創造力やセンスは、間もなく仕事に結実されました。起業家としての第一歩は、若干二十歳。それは、ある一本の高級なデザイナー・ジーンズに目を奪われた時のことです。日常生活では手の届きそうもないその値段を前にして、コレットのアイディア回路にスイッチが入りました。彼女はすぐさま近所の工具店に走り、バネやネジ、ボルトなどの機械部品を購入。持ち前のひらめきと行動力で、初めての、けれど斬新で独創的なイヤリングコレクションを造り上げたのです。そしてその日の内に、ソーホーにオープンしたばかりのブティックに持ち込み、ショーケースの1列を手に入れてしまったのです。

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    BUSINESS WOMAN
    FROM THE START

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    1986年、コレットはファミリー・ビジネスの販売を手伝うことになりました。30年間にわたってストックされたヴィンテージ・コレクション “Perfect Negligee”を売るため、コレットは直感的に、当時すでにサブカルチャーのアイコンとして有名だったパトリシア・フィールドにコントタクトを取りました。勘は見事に的中。ニューエイジ・パンクで着飾ったパトリシアは来店するなり、ルイ14世調アンティーク・インテリアに囲まれた店内をくまなく見て回り、コレクションの全てを購入。後日それらは、彼女のストア・ウィンドを、最新のサブカルチャーとの斬新なマッチングで飾り、多くの人の目を奪ったのです。

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    THE MALOUF
    POUF
    1987

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    マルーフ・プーフの誕生

    コレットは、ボストン大学コミュニケーション科を卒業後、短期間、ニューヨークの高級専門店バーグドルフ・グッドマンで働きました。その時の経験は、後のビジネスにも役たっています。この頃、コレットは友人のファッション・ショーのためのヘッドドレスのデザインを引き受けるようになり、1986年にとうとう“マルーフ・プーフ”を生み出したのです。これは、コレットをヘアアクセサリー・デザイナーとして、広く世に知らしめることにつながった第一号の作品。翌年コレットは25歳の若さで、ニューヨークの“B‘s”として知られるBarney’s(バーニーズ)、Bergdorf‘s(バーグドルフ)、 Bendel’s(ベンデル)、Bloomingdale’s(ブルーミングデール)、Bonwit Teller(ボンウィットテラー)において、“マルーフ・プーフ”を10万個も売り上げたのです。

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    INFLUENTIAL

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    大切な“宝物”を世界へ

    “マルーフ・プーフ”はヒットの始まりで、以降今日に至るまで、ファッション性と実用性を兼ね備えた独創的なヘアアクセサリーとして、数々のヒット作が、コレットマルーフ・ブランドのもと生み出されています。毎年発表される春と秋のコレクションは、アーティスティックな面でも高く評価され話題を呼んでいます。ちなみに1990年には、The Accessory Council‘sが“アクセサリーデザイナー・オブ・ザ・イヤー”のファイナリストにコレットを選出。その後、1993年にはCFDA(COUNCIL of FASHION DESIGNERS of AMERICA)のメンバーとなり、また、The Fashion Group’sが“ライジング・スター賞”をコレットに授与しています。

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    INFLUENTIAL

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    今や、コレット・マルーフはヘアアクセサリー業界のマーケットリーダー的存在です。彼女のユニークなクリエイティヴ・スタイルや革新的なビジョンは、ファッション・デザイナーのマイケル・コースやデレク・ラムらとのコラボレーションも実現しています。その一方でコレットは、ハンドメイドのアクセサリー職人であり、ストーリー性豊かな夢のような作品をソーホーのアトリエで創造する作家でもあるのです。“美しいものに心を奪われる”幼い日に、美しいものから授かったあの感動は、世界中の一人一人と共有できる“宝物”。そうコレットは信じ、そのことを大切にしています。